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糖尿病教室

『糖質制限食』 再考(補遺)

この文章は「糖尿病と食」と「糖質制限食 再考」の間に、自由に書いたものです。
不十分な箇所がありますが、上の二つの文章を補うものとして読んでいただければ幸いです。

1.はじめに
2.炭水化物(糖質)制限食の考えに出会う
3.栄養素の代謝を考える
4.インスリンの働きと炭水化物(糖質)制限食の関係について考える
5.糖質制限食とカロリー制限食 ― 大事な考えの相違
6.糖尿病の病態(糖尿病をきたす原因なり要因)を考えると、炭水化物(糖質)制限食は理にかなっています
7.炭水化物(糖質)制限食の考えに落とし穴はあるでしょうか
8.炭水化物(糖質)制限食の要点は糖の代謝から脂肪酸の代謝への変換です
9.糖質制限食と食の文明
10.糖質制限食のエビデンス
11.糖尿病食としての地中海食
12.ある糖尿病専門医の文章に出会う
13.オーダーメード糖尿病食
14,おわりに

糖尿病の病態(糖尿病をきたす原因なり要因)を考えると、
炭水化物(糖質)制限食は理にかなっています

糖尿病の病態(高血糖をきたす原因なり要因)を考えてみましょう。糖尿病の方は、膵β細胞からのインスリンの分泌が低下し、筋肉や肝臓の対するインスリンの働きが鈍くなる結果、糖をうまく処理できず、血糖が高くなります。糖尿病が軽い場合は、食後の血糖だけが高くなりますが、糖尿病が進むと食後の血糖の上がりが強くなるとともに、空腹時の血糖も高くなります。血液中に糖が淀んだ状態は、血管にダメージを与え、細い血管が障害され、動脈硬化をすすめます。
膵β細胞からインスリンの分泌を刺激するのはブドウ糖だけですから、グルコース応答性インスリン分泌と言います。(最近、話題になっているインクレチンもインスリン分泌を促進しますが、インクレチンを分泌するのは経口摂取した糖ですから、インクレチンによるインスリン分泌の促進もグルコーセ応答性です。)、正常の方では糖質を多く摂り、食後の血糖が高くなるとそれだけインスリンの分泌が亢進します。グルコースによる直接の刺激と、インクレチン効果が合わさった結果です。このように血糖の上昇に応じてインスリンが分泌されることを「インスリン反応」と呼ぶことにします。
糖尿病では、β細胞からのグルコース応答性インスリン分泌の障害があり、高血糖をもたらします。(糖尿病では経口摂取した糖に応じて分泌されるインクレチンに分泌障害や作用障害があるかはまだよく解っていません)では、糖質制限食は糖尿病の重要な病態である、グルコース応答性インスリン分泌障害に有益に働くのでしょうか。当然、インスリン分泌障害がありますから、摂取する糖質が少ないほど食後の血糖は高くなりません。この点は、間違いありませんが、インスリン分泌障害の病態にそのものに有効に働かないでしょうか。
糖質に富んだ食事は食後の血糖を上昇させ、糖尿病の人では、インスリン反応を増強し、膵β細胞に負担をかけ、疲弊させるから、糖質制限食はこの病態に有効であると、糖質制限食を薦める本にはこのような論点が散見されます。
たしかに、糖質制限食はインスリン反応(インスリン変動―insulin fulatulation )を減弱しますが、それがインスリン分泌障害を改善するかは、まだ明らかにされていません。後に、触れますが、2型糖尿病でのインスリン分泌障害は、遺伝的に決められている部分があるからです。
しかし、インスリン反応を減弱できることは、糖尿病血管合併症を抑制できる可能性があることはいくつかの臨床研究で示されています。その意味では、糖質制限食は、食後の高血糖を抑制することで血管合併症のリスクを減らすことができる可能性があります。
もう一つ、糖質制限食を薦める論点の中で、言われているのは、糖質の負荷が減るから、インスリンを節約できるというポイントです。糖尿病の薬のひとつであるスルフォニル尿素剤は、β細胞を刺激して、無理にインスリンを出す薬ですから、β細胞が弱っている糖尿病の方には、使いたくない薬です。SU剤は、グルコース応答性のインスリン分泌を促進しませんから、生理的に無理をしているのです。炭水化物(糖質)制限食は、β細胞の負担を軽くしますから、SU剤を減量や中止できる場合があります。同じ理由から、インスリンを注射している方には、量を減らすことができますし、場合によっては注射しなくても済みます。
他にも利点があります。最近では、食後に血糖が高くなる状態は(詳しく言いますと、食後にスパイク状に血糖が上昇することです)、動脈硬化を進めたり、心筋梗塞を起こしたりするリスクになると言われています。この食事は動脈硬化からおこってくる病気を予防できる可能性があります。
糖尿病の方は、加齢とともに、膵β細胞はその量(マス)と質(例えば、HOMAβから見たインスリン分泌能)が低下することが知られています。その意味で、膵β細胞からインスリンの分泌を刺激するのは、グルコースだけですから、糖質制限食でその負荷を少なくするのは理にかなっています。
近年、精製炭水化物(糖質)を多く摂取するようになり食後の高血糖のスパイクが高くなり、膵β細胞に「負担」がかかっていることはその通りと思います。そして、倹約遺伝子と関連させて、日本人の膵β細胞はその負荷に弱いと論じられています。
また、近年、膵β細胞のグルコース応答性インスリン分泌機構は急速に解明されており、その成果を見ると、それは人の生命の基本の設計図の一つと考えられます。確かに、「糖質」を多く摂取するようになったのは近年のことですが、このインスリン分泌機構の精緻さを考えると、進化の古い段階から存在したようです。ですから、元々、人はグルコースに対して適切にインスリンを分泌するのです。(インクレチン効果を含めてです)このことは日本人、アジア人、欧米人に共通したことですが、先に述べた「稲作漁労文明」と「畑作牧畜文明」の歴史的な土台によって、その反応性が異なると考えると、日本人と欧米人の糖尿病の病態の差が理解できそうです。
このように考えると、膵β細胞に食後の高血糖の負荷がかかるだけでは、糖尿病が発症する必要条件かもしれないけれど、十分な説明ではないように思います。最近、人ゲノムの全解読を受け、多くの疾患と関連した遺伝要因(SNP 遺伝子)が、全ゲノム規模での検索で(WGA whole-genome-analysis)解明されています。糖尿病もその解析の最たるターゲットのひとつで、10以上の遺伝子が明らかにされています。ほとんどの遺伝子はグルコース応答性インスリン分泌に大切な働きをする遺伝子です。ですから、糖尿病の発症には、β細胞に対する高血糖や肥満、運動不足によるインスリン抵抗性の「負荷」の基礎に(基盤病態として)グルコース応答性インスリン分泌の遺伝的脆弱性があります。実際、痩せている人で糖尿病を発症する人がいる反面、高度の肥満の方でも糖尿病を発症する人は多くありません。
また、日本人を含めたアジア人に元々β細胞の遺伝的脆弱性が存在するのかという疑問の回答は今後の問題のようです。
インスリン分泌障害は糖尿病の基本病態のひとつです。「本物の」糖尿病はある程度インスリン分泌障害が進まないと出てきません。我々が直面し、苦労しいるのは「本物」の糖尿病の方です。糖質制限食は大きな武器ですが、それだけでは済まない現実にしばしば出くわします。それが医師としての課題かなと考える昨今です。


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